川遊び場を探しに、フェンスを越えて

ママは準備に余念がなくパパはテキトーに出発する

お盆休みに入りました。今日は天気が良くて暑いけどカラってしていて気持ちが良いです。こんな日は川日和にうってつけです。しかし、起きるのが遅くて、もう10時をまわってしまってます。パパと子どもたちはそれでも良いのです。すぐに出かける用意ができますからね。しかし、女性のママはお出かけするのに1、2時間も準備が必要です。子どもたちは「かーわ!かーわ!」って大合唱ですが、ママは急いだり、端折ったりはしないでマイペースで準備をしてます。私はやや呆れ、子どもたちが可哀想ですが、川に連れて行くのを諦めて、ママと子どもたちを家に残して一人ででかけてしまいました。どこに行くのかというと「いい川遊びスポット」を探すための探検です。私はフットワークが軽いのです。なぜなら、移動は125CCのスクーターですから。

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自然スポットを探す時にはスクーターがベスト

子どもたちを、川遊びにたくさん連れて行くために、日頃からアンテナを張っています。そんな、いいスポットを探すときに便利なのがスクータータイプのバイクです。車両でははいっていけない場所にも入れますし、狭いスペースでもチョイと停められます。良い場所でなければすぐに立ち去ることもできます。行き止まりであればUターンも簡単です。渋滞することもありません。

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川遊びに適した場所を選ぶポイント

川の下見では、いくつかのことを注意しながら探しています。車を駐車できるところはあるか?駐車できるところと、河原のアクセスはよいか?椅子やテーブルを置くベースとなる場所に日陰はあるか?木陰でも、岩陰でも橋の下でもいいです。また、その場所は平らであるか?などです。他にも、川自体は「安全」と「危険」のバランスがとれているかも大切です。子どもの年齢や運動能力、頭の良さによってその程度はかわってきます。安全すぎるところは得られる学習的刺激が少ないし、なにより楽しくない。危険過ぎるところであれば、もし何かアクシデントが起こったときに、保護者の機転で対応することができないかもしれない。

一口に川といってもいろいろあります。浅くて小石の多い「瀬」と流れは緩やかだが深く岩も大きい「淵」です。「瀬」での遊び方は、岩をはがして虫をとったり、岩と岩の間を飛び越えたりです。小さい子どもには浅い「瀬」が良いでしょう。小学生高学年にもなると「淵」が楽しくなります。滝壺に飛び込んだり、足のつかない深い場所で泳いだりです。低学年であれば、その中間くらいの川が良いでしょう。

ちなみに、私は河川公園はあんまり好きじゃないです。安全で遊びやすいけど人工的だし混んでいるから。なので、混んでいるか、すいているかも重要です。逆に空きすぎて自分たちだけしかいない場合も注意が必要です。事故がおこった際に、助けを呼ぶことができなくなるからです。

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遊び場所も減ったが、見つける視野も狭くなった

昨今では遊び場が少なくなっているので、子連れのファミリーは、一つのレジャースポットに集中します。こんなクソ暑いなか、そんなところには行きたくないですよね。遊び場が少なくなったと書きましたが、実はそうではなく、遊び場をみつけるための視野が狭くなったのだと思います。ちゃんと整備された河川や公園くらいしか、遊び場であると認識できなくなったのです。整備されてなくても遊べる場所はたくさんあります。今日はそれを探すための冒険です。

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街と自然の焦点の違いが脳の活性化につながる

街なかから、いきなり、里山の景色の田園にでると、目の焦点をどこにあわせたらよいのかわからなくなります。街なかでは、焦点は比較的近く、壁と壁など間隔も一定で、飛び地の値をとります。しかし、田舎になると視点の位置は飛び地の値ではなく、連続的となり、焦点を遠くにあわせたり、足元の草や目の前の蜘蛛の巣など数センチのところに焦点をあわせたりと、大きく調節する必要があります。バイクを路肩にとめて、フェンスの乗り越え、崖と藪をくだり、川の大きな岩のうえに立ったとき、その焦点の合わせ方の違いに恐怖がわき、足が立ち竦むことがあります。そんなとき、大きく息を吸って長く吐き、目を閉じて心を落ち着かせます。私は今ここに居るのだと。いろいろな焦点に目を合わせることは脳の訓練にもなると「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」にも書いてあります。

脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める 脳と気持ちの整理術 意欲・実行・解決力を高める 脳が冴える勉強法 覚醒を高め、思考を整える フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる

バイク野郎による川探しの冒険

ここらへんでは、けっこう有名な河川公園につきました。駐車場は満車で、待ちの渋滞ができてます。俺なら「ぜったいにこんなところには連れてきたくない」と思いましたが、屋内から出ない家族やショッピングモールやテーマパーク、プールにしか連れて行かない親に比べたら「まだマシかな」とも思いました。でも、サルの行水状態です。その河川公園をあとにし、そこからさらに上流へバイクを走らせました。「瀬」から「淵」が多くなって少し危険な地域に入ります。この辺で遊んでいる家族もいますが、ごく僅かです。丁度良いくらいに空いてますし、その子どもたちの年齢に合った安全性と危険性だったので、その家族のパパは、なかなか良いチョイスをしたなぁって思いました。いま、おまえは何様のつもりだ!って思ったでしょ?

その場所で、バイクに2ケツして来た、22歳の二人組の男の子たちに出会いました。彼らは飛び込める場所を探してました。同じ川遊びスポット探しの仲間です。「このへんには、そんなところはないよー、もっと上流にいったらー?」とアドバイスをして別れましたが、目的と移動手段が同じなので、その後も彼らとほぼ同じような行動をすることになります。彼らの出身地はかなり田舎の県で、今はこの県の都市部に住んでいるとのことでした。私はなんか申し訳ない気持ちになりました。

幼い頃から川を原風景にして育った

彼らは自然の多い場所で育ち、川と山と海と一緒に大きくなったのでしょう。そして、この地方都市で一人暮らしをすることになり、小さい頃の原風景を求めて、このあたりの里山に川探しに現れたのでしょう。しかし、残念ながら、もうこの辺には、あまり楽しい川スポットはなくなってしまってます。たしかに、私が小さい頃にはありました。しかし、今日、その幾つかを回って確認しましたが、そのどこも荒れているか整備されてしまってました。それらは私と私の親友との思い出の川でもあり、私たちの原風景でもあります。その原風景を失うことは、私のなかのアイデンティティを失うことでもあり悲しいことなのです。

それでも、幾つか思い当たる場所や、私が小さい頃には足を踏み入れていない場所を彼らと一緒に探しました。もう、目的が「我が子を遊ばせるための川探し」から「青年が飛び込めるための川探し」に変わってしまってます。バイクを停めては、フェンスを越え、崖をくだり、飛び込めるほどの深い「淵」を探しました。昔に比べて川の水は汚く、周りの木々の緑も色褪せています。このもっともっと上流でダムをつくるための開発をしているのです。怒りが沸いてきます。そういう私の専攻は「土木工学」ですから何も言えませんが。

川の学校 日本の川を旅する―カヌー単独行 ダムはいらない! 新・日本の川を旅する

フェンスをこえろ、ボーダーをこえろ

今日みつけた場所は、どこも私の娘たちが遊ぶには適しません。子どもたちは崖も下れません。でも、それは子どもたちの能力を低く見過ぎているような気がします。たぶん、長女のはなは行けると思いますが、そこまでさせれる勇気が私にはありません。フェンスのまえには「ここで遊ばないでください」と書かれた看板がたくさんありました。それらを無視して乗り越えて先に行かせることが善いことなのか悪いことなのかわかりません。よくもまぁ、私の親は、私が小中学生のころに、こんなところに子どもたちだけで行って遊んでいる子どもを、そのままにさせていたなぁと感心します。とても私にはできない。今回はバイクでは30分のところですが、当時は自転車で2時間もかかってました。上り坂が過酷なのです。それが子どもの能力を信じているってことなのかな?私は子どもの能力を信じることができるんだろうか。

いつか、そのフェンスを越えるか越えないかは、子どもたちが判断しなければならないと思います。物理的なフェンスだけでなく、精神的なフェンスも同様です。戦争や災害がおこったときに、誰もボーダーをひいてくれません。なぜかというと、そんな非日常的な状況では、大人もそのボーダーの引きどころがわからないからです。そのボーダーを越えるか、超えないかの判断は自分でしなければならない。超えたほうが安全かもしれないし、超えない方が安全かもしれません。そのボーダーが安全か危険かを見極めることが生き残ることの鍵になってきます。東日本大震災のときに、先生の言うことに従順にしたがって小学校で待期していた生徒と、裏山にのぼった人の逸話を思い出します。危険を察知する能力と、それを乗り越える体力を子どもに身につけさせることが、勉強なんかよりも大切なのは言うまでもありません。

日本の田舎の怖い側面(番外編)

今日、山すその里山というか、いなかをスクーターでうろちょろしたんですが、日本の田舎には表のかおと裏のかおがあるように感じました。田んぼや畑で草をかったり収穫したりするじいさんや、帽子をかぶってタオルを首にまいたじいさんが軽トラを運転している姿は如何にも表のかおで、里山や田園の風景。小さな神社や公民館では、夏祭りの案内や小学生たちの安全標語のポスターが貼ってあり、こんなところにも子どもたちが暮らして遊んでいるんだなぁと懐かしい景色が浮かびます。しかし、さらに軽自動車がやっととおれるくらいの道を奥へすすむと、やけに綺麗で立派な家がありました。また、その庭にはゴツい車や、やんちゃなワゴンが停めてあります。なにやら怪しい雰囲気です。大学生のときにもこんな体験をしたことがあります。友達は包丁を持った人に追いかけられたり、鳥が焼かれたものがぶら下げられていることもありました。いわゆる●落っていうところでしょうか?その部●には、よそ者が入ってはいけない風習やシキタリ、街中とは少し変わった異世界の雰囲気を漂わせています。そして、その雰囲気に小学校の頃に読んだ本を思い出したのです。それは「ズッコケ山賊修業中」というズッコケ三人組シリーズの本です。これは是非、子どもたちに読んでもらいたい作品です。他にも日本の田舎の異世界を描いた作品って結構ありますよね。漫画ですが「七夕の国」も好きです。これは「寄生獣」のひとですね。

ズッコケ山賊修業中 七夕の国

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