遊び場所と生態心理学

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子どもたちは今どこにいる?

子どもをどこで遊ばせていますか?私が子どもの頃は、家の周りには、まだ、田んぼや畦道、藪、ドブ、入れる暗渠、空き地、溜め池、建物の廃墟などがたくさんあって遊び場には困りませんでした。しかし、今の子どもたちは可哀想ですね。当時、私が遊んでいた場所は、今ではほとんどが住宅やマンションに変わってしまいました。今どきの子供たちはどこで遊んでいるのでしょう。時々、子どもたちが外で遊んでいるのを見かけますが結局ニンテンドーDSなどを持って家にるのと変わらない遊びをしています。私は娘たちをよく公園に連れて行くのですが、本当は公園があまり好きではありません。確かに公園は子どもが遊ぶことを目的として作られているのでしょうが、私は公園を運動神経を発達させる場としてあまり考えていません。なぜかというと、今の公園の遊具は、1通りの遊び方しかできないようになっているからです。子どもの想定外の遊び方、すなわち市の職員で公園を管理する大人の言い方をすれば「危険な遊び方」ができないようになっているのでしょう。

アフォーダンスという考え

生態心理学の言葉に「アフォーダンス」というものがあります。アフォーダンスとは「人の行為との関係で、ものや環境にたち現れる特別な意味や価値」のことをいいます。例えば、ドアノブというものは、人がドアを開くという行為をしたときに、押させるか、引かせるかを誘導する特別な意味をもっていると考え、それを「ドアノブが押すという行為をアフォードする」と言います。つまり、人間は完全に自分の行為が自分の脳だけで計画されているわけではなく、半分は環境からアフォーダンスを入手することで行為をおこなっているという考え方です。

環境心理学の視点から公園の遊具をみると

現代の公園の遊具は、昔の遊具に比べて、カラフルでモダンなデザインで見た目が良く、材質もゴムが使われていたりと安全面も考慮されていますが、生態心理学の観点からすると、1通りの遊び方しかできないようになっています。すべり台であれば、階段は登る行為だけしかアフォードせず、すべり台の斜面は滑る行為だけしかアフォードされないような構造となっています。安全面から「登って滑る」以外の行為ができないように設計されています。昔のすべり台は鉄の棒でできており、錆だらけでしたが、ぶら下がろうと思えば、ぶら下がれる棒が幾つか付いていたりして、本来、登らないようなとこからよじ登れたり、欄干を股いで飛び降りたりといった行為までアフォードされていたような気がします。従って「登って滑る」以外の余地がまだ残されていました。最近は、斜め格子の金網フェンスも見かけません。平成の初期までは、よく公園や学校のフェンスとして使われていましたよね。あのフェンスは足が掛けやすく、今思えば絶対に、「登って乗り越える」という行為をアフォードしてましたよね。ところは最近のフェンスはどうやっても足が掛けられないようになってます。動物としての子どもたちの中に、いろいろな行為や動作が発動されない訳ですから、確かに安全で怪我はしなくなったでしょうね。しかし、運動能力や生きるための能力は低下しているように思います。

どこで遊ぶのが良いか

一番いいのは、都会から田舎に引っ越すことでしょう。山や川、海、森には無限大の自由度があります。アイデアや発想、ゲームのルール次第で、幾通りもの行為や遊び方が作り出されます。身体能力だけでなく、空間認知や発散思考も間違いなく発達するでしょうね。しかし、都会の便利さに慣れてしまった私たちにとって、田舎に引っ越すことは現実的ではありません。そうなれば、休日のたびに、如何に子どもを自然のある場所に連れて行ってあげられるかにかかっていると思います。そうはいっても、探せば街中でも身体能力を高めてくれそうな場所はちらほらあります。私の子どもを遊ばせる場所探しのポイントは「水平と垂直で構成されていない場所」です。よく山手を切り崩した斜面や、道路の端の法面、小学校の敷地では「学習の森」のようなデコボコした不整地、神社の境内、街中にあるスロープ等は自然ほどではないにしても、1歳~5歳くらいまでには良い運動遊びができる場所ではないでしょうか?ときには子どもたちと散歩をしながら穴場的なスポットと探し出してみるのも面白いと思います。

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